サッカー2006年ドイツW杯アジア最終予選最終節vsイラン戦






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2005年08月28日(Sun)
サッカー2006年ドイツW杯アジア最終予選最終節vsイラン戦
日産スタジアム=横浜国際競技上行ってきました。
チケットを譲ってくれた人のおかげで、ゴール裏ど真ん中で見れましたよ。
久しぶりのサッカー生観戦だけあって興奮したけど、あまりにも人が多すぎて疲れたってのが正直な感想。
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ゲームのほうは、1位通過を狙うのか、それともバチバチやりあうだろう試合でテストマッチとして消化するのか、試合前そこに着目をしていた。
実際、スターティングメンバーを見たところ、テストマッチという様相はなくなった。
ただ、国内組中心でのBチーム(このような分け方はこちら参照)での確認作業である事には間違いがなかった。
個人的には中沢の復調がどれほどのものかを知りたかったのだが、終始安定していたようなので今後Jで安定した試合をこなしていくことで更なるレベルアップが望まれる。

さて、試合だが、各選手コメントで前半の方が形が出来ていたと述べていた。
しかし実際、目の当たりにした代表チームは、誰がキーマンかわからないことが多く、小笠原がゲームメイクするのか、福西か、遠藤か、それとも誰なのか、一向にわからないもので、そのせいか、チャンスメイクに失敗をしているような気がしないでもなかった。
むしろ、後半に入ると、小笠原が明確な指揮を執り始め、ボールを散らしたり集めたり、まとまっていたように思える。
好調時の日本代表、つまりAチームのときは、中田(英)が全ての基点となり、そこから中村や小笠原、小野、稲本、福西、遠藤、その他選手を動かしている。
それが、今回の日本代表には見られず、それを思えば、前半の小笠原の動きには物足らなさを感じた。
プレイスタイルは、中村のそれより、中田(英)に近い小笠原。鹿島ではまさに、そのようなプレイでチームの要となっているが、今回のイラン戦では、いまいち動きが不安定だったように思える。
これは、先週一週間話題となった、『レッチェ移籍を目指す小笠原のJボイコットと復帰後新潟に7-2での大勝』にもあるように、心の問題で動きに精彩を欠いていたのかもしれない。

さて、ここまで読んでいただいて気がついた事と思われるが、Aチームでのキーマン、司令塔、ゲームメイカーは中田英寿であり、Bチームのそれは小笠原満男である。
個人的に、鹿島の事が好きで、小笠原はデビューの年からずっと見続けているが、彼はまさに中田英寿と同じようなプレイであるのだ。
たとえばボールを持ったときの姿勢にも似たような風貌が感じられ、チームでの役割もほぼ似ている。(中田はOMFで活躍し、DMFやボランチもこなすようになったが、小笠原はJデビュー当初はボランチでの起用が多く、現在はOMFをすることがほとんど)
決定的に違うことといえば、世界を知っているか否かという部分。
ご存知のとおり、中田は若くして日本の各世代代表になり、セリエAに渡り、ローマでスクデットを勝ち取った経験もある。一方、小笠原は、各世代の代表に入りながらもいつも二番手、三番手の位置に甘んじ、国内Jリーグやカップ戦、A3優勝など経験はあっても中田のそれと比べた場合やはり経験差で見劣りしてしまう。
そうなってくると、やはり代表でスタメンを取るにはやはり二番手、三番手の位置になってしまうのだ。その小笠原は以前は海外にさほど興味を示さなかった。鹿島から鈴木がベルギーに渡ったとき、柳沢がセリエAに行ったときも『海外?俺はべつにいいよ』といいJでサッカーを楽しんでいた。
その気持ちに変化を起こしたのは代表での起用だった。
たしかに二番手、三番手の位置の小笠原だが、国内組のBチームでの試合が多くなり、W杯アジア地区予選でも出番が多くなると、次第にチームで出場機会のない海外組が代表に戻ってくればなぜかスタメンという部分に対し憤りを感じるようになり、また、柳沢や鈴木、中田浩二らの海外に行った鹿島のチームメイトのレベルアップ振りを見て、世界に出たいという気持ちが強くなってきたのである。

さて、そんな小笠原にセリエAからオファーが出てきた。
セリエAでは下位チームのレッチェである。古いファンなら、オフトジャパンの頃、海外遠征でレッチェにボロ負けをした事を、また、それにより世界の壁ははるかに高いと感じたことを覚えている方もいるだろう。
そのレッチェは現在04-05シーズン11位と勝っては負け、負けては勝ってのチームであるが、中田英寿も海外移籍をはじめに選んだのはそのようなチームのペルージャであった。
(ペルージャはそれ以降、一時期はセリエA上位にも顔を出したが現在はBに落ちている。)
小笠原にとっては、待ちに待った海外移籍へのチャンスであった。
ただ、そんな小笠原だが、Jで鹿島は久しぶりに優勝が出来る位置に今ある。また、ドイツW杯の前年である。ここで、移籍をすることでW杯のための準備期間であるため、リフレッシュがなくそのまま今年の3月から来年の7月まで戦い抜かねばならない。
この時期に移籍をした場合、必ずやケガないしトラブルに見舞われる恐れがあり、代表としても鹿島としても今は時期ではないという見解である。
ただ、本人にとっては、今がレベルアップするチャンスであり、それは日本にいようが、海外にいようが自分がスタメンでドイツW杯のピッチに立てる保証がないという焦りもあるのだろう。
そのような心の中の葛藤は、今回のイラン戦でもやはり少なからず影響があったのかもしれない。話は大きく逸れたので戻るが、そのイラン戦で、小笠原が前半に小笠原らしいプレイを見せた瞬間というのは少なかったように思えるのだ。システム上そうだったのかもしれないが、後半に入るまでの小笠原は唯一、浮いている存在に感じたのは果たして私だけだろうか?後半に入り、本来の姿に戻ったが、彼の背景にこのような事があったが故に前半の動きがいまいちだったと言うのは穿って見過ぎだろうか?
今、国内組の日本代表は小笠原の出来ひとつにかかってるといっても過言ではないと思うのだが・・・。

次は、9/7ホンジュラス戦。海外組の中田英寿、中村俊輔も合流するといわれている。
そこで小笠原はどう使われるのか、また、Jリーグでの小笠原は果たして置き土産として鹿島に優勝をもたらすことが出来るのか?
2006年ドイツW杯に向けて小笠原満男は注目すべき選手である。


   


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ゆうきちのぶろぐ第2弾です。

かつてのNeverおよびCURURUってのが使い勝手が悪すぎるので移転しました。
あちらあちらで残しておきますね。


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