新日本G1クライマックス決勝 2005/8/14






[PR]



2005年08月21日(Sun)
新日本G1クライマックス決勝 2005/8/14
2005年新日本プロレスG1クライマックス。
今年のG1は何か運命めいたものを感じざるを得ないものとなった。
それは、闘魂三銃士の一人である橋本真也の死がそこにあったからだ。
また、外部出場者と、外部流出したIWGPチャンピオンの藤田の猛進を誰が止めるのかということにも注目がされていた。
そんな中AブロックBブロックの代表がそれぞれ決まった。
Aブロックは一位蝶野、二位川田。Bブロックは1位藤田、2位中邑でトーナメントが争われる。

まずは、蝶野vs中邑
新旧闘魂三銃士対決とも、新旧カリスマ対決とも、本隊vsBNJPW対決など色々と形容されていた。
まず立ち上がりは、じりじりするようなポジションの奪い合いから始まった。
それぞれは決勝を見据えて、なるべく体力を消耗しないように、隙をうかがいながらの展開となった。
中盤からとたんにスピードアップし、ここ大一番というときにしか出さないトペで蝶野が場外の中邑に飛びかかれば、お返しとばかりに中邑もプランチャーと空中殺法で応戦。
蝶野は、中邑の痛めている左ひざを執拗に攻める。
中邑も、ジャーマン2連発を繰り出し蝶野を追い詰めるが、ここぞというところでダイビングニーを自爆。そこを蝶野のシャイニングケンカキックですかさず勢いを戻し、更にそこで奪われた流れを奪うかのような中邑の飛びつき式三角締め(シャイニング三角締め?)をするも、意地で蝶野に返される。
最後はSTFから裏STFが完全に決まり中邑のタップで決勝戦に蝶野が駒を進めた。
ちなみに、普段なら決して交わることないこの二人ががっちりと握手をし抱き合った姿に、次の決勝戦、新日本の名誉をかけてタイトルを勝ち取るんだという新日本のレスラー同士の決意を感じ取ることができた。

次に、外部勢力の現IWGPチャンプ藤田vs前三冠王者川田の一戦
今シリーズの川田は、通常の川田とは違い、相手の技を積極的に利用して、相手の得意とするプロレスに付き合い、勝ちを収めるというパターンであった。
この準決勝でも、同じような展開で、藤田のプロレスに付き合った形となった。
ゴングとともにバシバシの乱打戦。というより、藤田の猛攻で川田は防戦一方。しかし、バックドロップなどを織り交ぜ顔面ハイキックで藤田をぐらつかせると、倒れたところを藤田張りの膝蹴りを試みたりとこの試合でも、相手の得意技を出していく。
しかし、連戦で蓄積された川田のボディへのダメージはついにここで爆発してしまい、藤田の膝蹴りをモロに食らい、目を見開いたままリングに倒れこんでしまいピンを奪われた。
これにより決勝は藤田vs蝶野の一戦となった。

G1クライマックス2005 決勝戦
<蝶野正洋 VS 藤田和之>
この一戦に賭ける思いは両者勝るとも劣らないものがあるだろう。
言わずもがな、今のところ全勝で勝ち進んできた絶対王者への道を歩み続けてきている藤田と、夏だ!蝶野だ!!G1だ!!!といわれるほどのG1夏男という代名詞を持つ蝶野。しかも、蝶野にとっては闘魂三銃士と呼ばれ、仲間であり、ライバルであった橋本真也の死を弔うというそういう意味合いも込められていた。
橋本の死の直後、全日本の大会では、三冠王者小島に対し、同じく闘魂三銃士の武藤が挑むがタイトル奪取ならず、奇しくもその場所に蝶野も参戦をしておりその場を目撃していた一人であった。
その無念を、5度目のG1制覇をすることで晴らすべく、この一戦に賭ける思いにただならぬものを感じていた。

藤田が、師匠アントニオ猪木から最後の愛弟子として、猪木ボンバイエを賜り、最後の闘魂伝承を伝えてきたという背景も忘れてはならない。
蝶野が闘魂三銃士ならば、最後の闘魂伝承者としてのプライドがある。実際、このG1までにIWGPに君臨して無傷で勝ち進んでいることにそれが現れている。
三銃士越えという言葉が1999年前後にささやかれていたことがあった。
そこには、まだ、武藤がいて、橋本がいて、三銃士がそろっており、健介、小島、天山、中西、永田らがその壁を乗り越えようと必死だった。
しかし、その壁は厚く、のちに健介、永田がIWGPチャンピオンに輝こうとも彼ら三銃士を超えたほどのインパクトを残せなかった。
その世代が、2000年の新日本分裂により橋本がZERO-ONEへ、武藤が全日本へ散っていったあとの新日本を支えたの確かである。
しかし、健介、永田、天山らはIWGPに輝くも、負けてはならないところで負けてしまい、勝ちきれず、ファンを失望させてきた。いや、橋本もそうではあった。負けちゃならない試合で負けては落胆をさせた。しかし、必ずや戻ってきたとき勝って、溜飲を下げる試合をやってのけてきた。
さらに、新闘魂三銃士と呼ばれる、棚橋、柴田、中邑が台頭し、彼らを踏み台にしてのし上がるようになってきた。
それを苦々しく思っていたのは永田であり、天山であろう。しかし、そこにはもう一人新日本を離れ、PRIDEやアルティメットといった場所で活躍していたレスラーがいた。
新日本を離れていてもいつも心は闘魂の文字の下、新日本にあった藤田和之その人であった。
藤田は今年に入り、その同世代である永田、中西、カシンらとともにユニットを結成し、ついには、同世代でふがいないチャンピオンの代名詞でもあるような天山から、札幌でIWGPを奪った。奇しくもこの時は橋本の死後一週間であった。
藤田は、橋本の魂が込められたこの2代目IWGPベルトを天に捧げた。
藤田にとっても橋本は特別な存在であり、その橋本が築きあげたIWGP王者としてのプライドを受け継いでいる。アントニオ猪木の闘魂伝承をしたのは、橋本も同じであり、その伝承は藤田にも引き継がれている。

両者は、闘魂という文字と、橋本真也という共通の存在により引き寄せられ、決戦を合間見えるといっても過言ではない。

その藤田が、猪木ボンバイエのアレンジで入場すると、蝶野はCRUSH!のイントロではなく、爆笑宣言のイントロを使用してきた。(のちに、この爆笑宣言のイントロ使用は蝶野は知らず、『戦闘モードからうるるんモードになっちゃってきつかった』と話した/テレ朝リン魂橋本SP内にて)
イントロの後蝶野のCRUSHが流れると場内は割れんばかりの大歓声。まさに、世代闘争や、因縁を超えた世紀の一戦になる雰囲気を会場ははらんでいた。

いざ決戦のゴングが鳴るや、蝶野は珍しくもクリーンに握手を求めた。するや否や、藤田は握手を跳ね除けラッシュでいきなり蝶野をダウンさせ脳天に強烈な一撃を見舞った。
それにより、蝶野は意識昏倒をしいきなり劣勢を強いられた。
すかさず藤田が詰め寄るも、うまいタイミングで場外へ転落させると、藤田は蝶野にエプロンから場外へのバックスープレックスで投げると、更にリングポストでラッシュ。その膝蹴りを間一髪で蝶野が交わし、鉄柱に自爆を誘い、一進一退の攻防が続く。
リング内に戻ると、劣勢だった蝶野が突然フライングニールキックを藤田に見舞った。
会場はそれを見たとたん割れんばかりの喝采を。そう、これは亡き盟友の橋本の技であった。意識してなのか、無意識でなのか、橋本のフライングニールキックを出した蝶野は続けざまにジャンピングDDTを藤田に見舞った。一連の橋本ムーブで勢いを取り戻すと、方ひざをつく藤田に今度はシャイニングウィザードを。この時、蝶野には一人闘魂三銃士として橋本と武藤の力が宿っていた。そして満を持して自身の必殺技STFへと結んでいった。こう書くとなにやらマンガチックっで「だからプロレスは。。。」って言われるような展開だが、いくらなんでもプロレスはここまでベタなことはしないし、許されるもんでもない。ただ、この日の蝶野はそれが自然とでて、自然と体が動いていった。
この一人闘魂三銃士から流れは一気に傾き、コーナーポストではシャイニングケンカキック、カウンターでキチンシンクを食らうも、膝金具むき出しのヒール蝶野らしい藤田の得意技である膝蹴りを見舞いラフな本来のスタイルも織り交ぜていく蝶野。
STFから裏STFでも決まらない蝶野は、最後シャイニングケンカキックを連発し藤田からピンを奪った。
通算5度目、新日本プロレスの低迷からの脱却、そして橋本の死を弔うメモリアルな大会で、蝶野が闘魂三銃士の一人としてこの大会を制した。出来すぎなくらいの内容であったが、第1回G1と同じような展開に会場は飲み込まれていった。

試合後の勝者インタビューで蝶野は思わず涙をこぼし、橋本の力がオレを後押ししてくれたと語り、場内に流れる爆勝宣言で2005年のG1クライマックスは幕を閉じた。


   


ようこそ2000GT Twinturboへ
ゆうきちのぶろぐ第2弾です。

かつてのNeverおよびCURURUってのが使い勝手が悪すぎるので移転しました。
あちらあちらで残しておきますね。


新着トラックバック/コメント

ゆうきちのHP本館:
2000GT Twinturbo
LINK:携帯推奨
ガンダム掲示板
無料着メロDLサイト
(携帯電話からは→http://zola.jp/dxvQFfQ.htm)







カレンダ
2005年8月
 
21
     

アーカイブ
2005年 (51)
7月 (4)
8月 (9)
9月 (8)
10月 (6)
11月 (14)
12月 (10)
2006年 (84)
1月 (12)
2月 (8)
3月 (14)
4月 (10)
5月 (15)
6月 (8)
7月 (2)
8月 (3)
9月 (1)
10月 (5)
11月 (2)
12月 (4)
2007年 (41)
1月 (3)
2月 (2)
3月 (5)
4月 (2)
5月 (4)
6月 (9)
7月 (5)
8月 (4)
9月 (6)
11月 (1)
2008年 (2)
1月 (1)
3月 (1)

アクセスカウンタ
今日:6
昨日:62
累計:735,550